米イリノイ州のJ・B・プリツカー知事が2026年7月6日、大規模AI開発者に安全対策を義務付ける新法「上院法案315(SB 315)」に署名した。正式名称は「人工知能安全対策法(Artificial Intelligence Safety Measures Act)」である。破滅的リスクの評価・開示に加え、毎年の第三者監査を義務付ける点は全米初とされる。連邦議会が動かないなか、州が規制の先頭に立つ構図が鮮明になった。OpenAIとアンソロピック(Anthropic)という主要AI企業も、この法案を支持した。
対象は「最大級のAIモデル」を持つ大手のみ
この法律が対象とするのは、すべてのAIではない。「最大級のAIモデル」、すなわち年間5億ドル超の収益を生み、膨大な計算資源を用いて訓練されたモデルを開発する企業に限られる。つまり狙いは、フロンティア級と呼ばれる最先端の大規模モデルを手がける一握りの大手だ。スタートアップや小規模な開発者が直ちに縛られるわけではない。
義務の中身は具体的だ。対象企業はまず、リスクをどう特定・評価するかを記した「AI安全フレームワーク」を公表しなければならない。法律は「破滅的リスク」を、50人以上の死亡・重傷、または100万ドル以上の物的損害を引き起こす事態と定義する。こうしたインシデントが発生した場合、72時間以内の報告が求められ、人命への差し迫った危険がある場合は24時間以内とされる。さらに、独立した第三者による監査を毎年受けることが義務付けられた。
この「毎年の第三者監査」こそが、全米で初めての要件だ。先行して同種の法律を整えた州もあるが、内容には差がある。ニューヨーク州は資格取得時に一度だけの監査を求めるにとどまった。イリノイ州はこれを毎年の義務へと引き上げた。ここが「全米で最も厳しい」と評される理由である。
法律の執行は州司法長官が担う。違反への民事罰は、初回で100万ドル、2回目以降は1件あたり300万ドルと定められた。施行日は2028年1月1日である。企業には準備のための猶予期間が与えられた形だ。
なぜ連邦ではなく州が動くのか
なぜ連邦ではなく州が動くのか。この点を、知事自身の言葉が象徴している。プリツカー知事は「議会と大統領も同様の法律を成立させるべきだが、これまで動こうとしなかった。規制のない業界から利益を得る特定の利害関係者に、多くが囚われているからだ」と述べた。法案の提出者である州上院議員メアリー・エドリー=アレン氏も「我々は議会の行動を待つつもりはない」と語っている。連邦レベルでの統一的なAI規制が停滞するなか、州が先行して枠組みを作る流れが強まっている。
背景として押さえておきたいのは、州の動きが単独ではない点だ。カリフォルニア州は2025年後半にSB 53を、ニューヨーク州も同時期に「責任あるAI安全教育法」を成立させた。いずれも大規模AI開発者に透明性や報告を求める内容である。カリフォルニア、ニューヨーク、イリノイの3州は、米国AI市場のおよそ4割を占めるとされる。連邦の規制が不在ななか、この3州の枠組みが事実上の全米標準として機能しつつある。企業からすれば、州ごとにルールが違えば対応が煩雑になる。だからこそ、統一的な見通しを求めてOpenAIやアンソロピックのような企業が州法を支持したという側面もある。署名式にはアンソロピックの代表者も出席した。
慎重論と今後の焦点
一方で、慎重論もある。業界団体テックネット(TechNet)は、リスク判断に「主観的な決定」が入り込む余地があることや、全米で確立された基準が存在しないことへの懸念を示した。規制の必要性そのものより、基準の曖昧さや州ごとの分断を問題視する立場である。
イリノイ州の新法は、AI規制をめぐる米国の現状を映す鏡だ。連邦が動かないなかで、市場規模の大きい州が相次いで独自ルールを整え、それが事実上の標準を形づくっていく。毎年の第三者監査という一段踏み込んだ要件は、今後ほかの州や国の議論にも影響を与えうる。日本を含む各国がAIガバナンスの制度設計を模索するいま、州レベルの実験がどう機能するかは注視に値する。施行は2028年1月1日、開発者側の対応が本格化するのはこれからだ。
参考:Pritzker signs landmark AI regulation bill that aims to mitigate risks(Capitol News Illinois、2026年7月6日)

